1982年にMIDIが正式に規格化されると各社からさまざまなMIDI音源が登場し、MIDIシーケンサーによって異なるメーカーの複数の音源を同期して自動演奏することが可能になった。ハードウェアのシーケンサーではヤマハのQXシリーズやローランドのMC-500シリーズなどのMIDIシーケンサーが登場した。
本格的なMIDIシーケンスソフトは1980年代半ばに誕生した。Macintosh用のPerformer[4]、Vision[5]の2大シーケンサー[6]、PC-9800シリーズ用のRCP-PC98(レコンポーザ)などが、プロユースで使われ始める。大画面とグラフィカルなユーザーインターフェースによる視認性のよさ、高い分解能と豊富な編集機能、機能的な制約が少なく膨大なデータ量を扱えることがソフトの利点である。
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ただ当時はパソコンを使うという行為そのものの敷居が高く、その中でも扱い易いといわれたMacintoshは音楽用に必要な高性能システムを組むと100万円を超える高価さだったため、個人市場においては価格や操作性、可搬性の面からハードシーケンサーが普及を見せた。また1988年5月には音源、鍵盤、シーケンサー、エフェクターを一台に統合したミュージックワークステーションの元祖コルグ・Mシリーズが発売され、それ一台で音楽制作を完結することが可能になった。
その一方で一般層[7]にはまだMIDIという言葉自体があまり浸透しておらず、パソコンユーザーの間で「パソコンで音楽を楽しむ」といえば、もっぱら好きなゲーム音楽を耳コピーして内蔵されたFM音源とプログラミング言語[8]を駆使して演奏する、というのがスタンダードだった。
そんな中、一般にコンピューター音楽を広める火付け役となったのが1988年にローランドから発売された「ミュージくん」である。これはMIDI音源ユニットのMT-32とPC98用音楽作成ソフトのセット品で、価格も98000円とリーズナブルなもので、当時すでにMSX向けのシーケンスソフトを発売していたヤマハもこれに追従することとなる。また1990年前後のバンドブームが個人向けの楽器市場を拡大し、これらの製品は音楽制作の入門用システムとして市場で一定の地位を占めるようになった。さらに異なる音源間での音色配列などを定めたGM規格が1991年に制定されたのをきっかけに安価なGM音源が数多く登場し、いわゆるデスクトップミュージック(DTM)の隆盛につながった。
1990年代以降低価格のMacintoshの登場、Windows95登場以降のパソコンの普及でパソコンを使うという行為そのものの敷居が下がり、ソフトウェアシーケンサーは急速に普及し始めた。ソフトシーケンサーには先述した視認性のよさなどの利点があり、従来のハードシーケンサーにあった「機械の操作」の感覚を薄めたことも大きい。またDTMの普及によってコンピューター音楽のユーザーの裾野が広がっていたことも、ソフトシーケンサーの普及に大きな役割を果たした。